科学研究費補助金基盤研究(A)
"真核細胞の遺伝子スイッチの揺らぎと制御の理論"
課題番号:24244068
期間:2012年度−2014年度
研究代表者:笹井理生
連携研究者:寺田智樹
連携研究者:千見寺浄慈
科研費研究員:徳田直子
科研費研究員:S. S. Ashwin
研究目的
真核細胞の遺伝子発現における,揺らぎと制御の基本原理を理論的に明らかにします。
(1) 生体分子の生成・分解を確率過程として扱う統計力学モデル
(2) クロマチンの構造変化と化学修飾をモデル化するクロマチン構造ダイナミクスモデル
(3) 染色体すべての核内配置の揺らぎを扱うゲノム分子動力学(MD)
の3つの方法を新しく開発し,これらを統合したマルチスケールの方法によって,遺伝子発現を解析する新しい方法を構築します。
この方法により,
(A) 真核細胞における揺らぎと制御の物理的機構を明らかにするとともに,
(B) 胚性幹細胞のコア遺伝子ネットワークを対象として,遺伝子発現パターンの揺らぎと遷移を分析して実験と比較可能なデータを計算して,
理論と実験の相互交流を促し,新しい分野を創出することを目的としています。

研究計画・方法
主に3つの方法により,遺伝子発現の理論を開拓します。
(1) まず,遺伝子発現の統計力学モデルを展開し,遺伝子の状態変化が遅い場合に生じる非断熱揺らぎの正体を理論的に明らかにします。さらに統計力学モデルを,クロマチンの遅い変化を考慮した非断熱揺らぎのモデルに発展させます。
(2) 次に,DNA ループ形成のモデルを発展させ,ヘテロクロマチン構造の伸長・短縮を扱うクロマチン構造ダイナミクスのモデルを開発します。
(3) そして,核内すべての染色体の配置の揺らぎを扱うゲノムMD の方法を展開し,核内構造と遺伝子発現の相関を分析します。
こうして開発した新しい方法を総合して,遺伝子発現パターンとクロマチンの動的パターンの関係を具体的に明らかにする計画です。胚性幹細胞のコア遺伝子ネットワークの揺らぎと制御の問題、およびモデル細胞としての酵母細胞を主な対象として,実験と比較可能な定量データを計算し,真核細胞の遺伝子発現の基本原理に迫る新しい分野を開拓します。

研究成果
遺伝子発現の統計力学モデル:遺伝子発現を確率過程としてモデル化し,経路積分を用いた解析を行いました。遺伝子発現により合成されたタンパク質濃度を連続変数,
タンパク質濃度により制御されるDNA状態を離散変数として取り扱い,DNA状態がタンパク質濃度変化より充分速い場合(断熱極限),充分遅い場合(非断熱極限)の
間をつなぐ様々な場合について,発現の揺らぎの特徴を捉える理論を開発しました。断熱極限にない場合,DNA状態変化によるダイナミックな効果は渦流として可視化できることを示し,遺伝子制御ネットワークを理解する新しい方法を提案することに成功しました(Zhang et al., PNAS (2013), Chen et al., PCCP (2015))。
酵母のゲノム構造ダイナミクス:Hi-Cデータに基づいて間期の出芽酵母のゲノム立体構造揺らぎをシミュレートし,発現の活発な遺伝子,抑制された遺伝子,それぞれが
核内に不均一に分布し,空間的な配置が遺伝子制御と相関を持つことを予測しました。これらの領域と変異による発現量の変化との関係を分析して興味深い結果を得ています。
(Sasai, Tokuda, Fujishiro, The 2nd International Symposium of the Mathematics on Chromatin Live Dynamics (2014))。
ES細胞の制御ネットワークと揺らぎ:ES細胞の多能性を維持する基本的な遺伝子,Nanog,Oct4,Sox2の相互の制御関係をモデル化しました。このモデルにより,遅いクロマチンの構造変化がES細胞の揺らぎを説明するという仮説を提案しました。さらに,分化マーカー遺伝子を加えた遺伝子制御ネットワークを解析し,エピジェネティックランドスケープを計算して,遅いクロマチン構造変化が明確な分化過程を実現させるための機構のひとつであることを示しています(Sasai et al., PLOS Comput. Biol. (2013), Ashwin and Sasai, Sci. Rep. (2015))。
参考文献
N. Tokuda, T. P. Terada, and M. Sasai, "Dynamical modeling of 3D genome organization in interphase budding yeast", Biophys. J. 102: 296-304 (2012)
N. Tokuda, M. Sasai, and G. Chikenji, "Roles of DNA looping in enhancer-blocking activity", Biophys. J. 100: 126-134 (2011).
Y. Okabe-Oho, H. Murakami, S. Oho, and M. Sasai, "Stable, precise,
and reproducible patterning of bicoid and hunchback molecules in the
early Drosophila embryo", PLoS Comp. Biol. 5, e1000486_1-20 (2009).
M. Yoda, T. Ushikubo, W. Inoue & M. Sasai, "Roles of noise in single and coupled multiple genetic oscillators", J. Chem. Phys. 126(11) 115101-1-11 (2007).
Y. Okabe, Y. Yagi & M. Sasai, "Effects of the DNA state fluctuation on single-cell dynamics of self-regulating gene", J. Chem. Phys. 127, 105107 (2007).
Y. Okabe & M. Sasai. "Stable stochastic dynamics in yeast cell cycle", Biophys. J. 93, 3451-3459 (2007).
M. Sasai & P.G. Wolynes, "Stochastic Gene Expression as a Many Body Problem", Proc. Natl. Acad. Sci. USA 100(5) 2374-2379 (2003).
研究成果の公表
K. Maeshima, S. Ide, K. Hibino, M. Sasai, "Liquid-like behavior of chromatin" Current Opinion in Genetics and Development 37: 36-45 (2016)
笹井理生,寺田智樹,"真核細胞のルースな遺伝子制御とクロマチン動態" 生物物理 56, No.2, 106-108 (2016)
S. S. Ashwin and Masaki Sasai, "Effects of collective histone state dynamics on epigenetic landscape and kinetics of cell reprogramming" Scientific Reports 5: 16746_1-12 (2015)
C. Chen, K. Zhang, H. Feng, M. Sasai and J. Wang, "Multiple coupled landscapes and non-diabatic dynamics with applications to self activating genes" Phys. Chem. Chem. Phys. 17: 29036-29044 (2015)
K. Zhang, M. Sasai, J. Wang, "Eddy current and coupled landscapes for nonadiabatic and nonequilibrium complex system dynamics", Proc. Natl. Acad. Sci. USA 110: 14930-14935 (2013)
M. Sasai, Y. Kawabata, K. Makishi, K. Itoh, and T. P. Terada, "Time
scales in epigenetic dynamics and phenotypic heterogeneity of embryonic
stem cells", PLoS Comp. Biol. 9: e100338_1-17 (2013)
M. Sasai "Fluctuating three-dimensional genome architecture and gene regulation" Gordon Research Conference on Protein Folding Dynamics, Galveston, Texas, Jan. 10-15 (2016)
Tokuda Naoko, Shin Fujishiro and Masaki Sasai "Chromatin domains and heterogeneous transcription activities" International Symposium on Chromatin Structure, Dynamics, and Function, Awaji, Hyogo, Aug. 23-26 (2015)
Masaki Sasai, "Eukaryotic chromatin folding and gene regulation" 3rd International Workshop on Theoretical and Computational Physics, DaLat, Vietnam, July 27-30 (2015)
M. Sasai, N. Tokuda, S. Fujishiro, "Fluctuating genome structure and gene regulation, 8th IUPAP International Conference on Biological Physics", Beijing, Aug.18-22 (2014)
M. Sasai, N. Tokuda, S. Fujishiro, "Computational Models for Chromatin Structure and Gene Expression", The 2nd International Symposium of the Mathematics on Chromatin Live Dynamics), Hiroshima Univ, Mar.10-11(2014)
M. Sasai, "Time and spatial scales of eukaryotic gene regulation", Workshop on Modeling Biomolecular Systems in Cellular Environment, Kyoto University, Oct.31-Nov.1 (2013)
研究代表者:笹井理生
連携研究者:寺田智樹
連携研究者:千見寺浄慈
科研費研究員:徳田直子
科研費研究員:S. S. Ashwin
研究目的
真核細胞の遺伝子発現における,揺らぎと制御の基本原理を理論的に明らかにします。
(1) 生体分子の生成・分解を確率過程として扱う統計力学モデル
(2) クロマチンの構造変化と化学修飾をモデル化するクロマチン構造ダイナミクスモデル
(3) 染色体すべての核内配置の揺らぎを扱うゲノム分子動力学(MD)
の3つの方法を新しく開発し,これらを統合したマルチスケールの方法によって,遺伝子発現を解析する新しい方法を構築します。 この方法により,
(A) 真核細胞における揺らぎと制御の物理的機構を明らかにするとともに,
(B) 胚性幹細胞のコア遺伝子ネットワークを対象として,遺伝子発現パターンの揺らぎと遷移を分析して実験と比較可能なデータを計算して,
理論と実験の相互交流を促し,新しい分野を創出することを目的としています。

(1) 生体分子の生成・分解を確率過程として扱う統計力学モデル
(2) クロマチンの構造変化と化学修飾をモデル化するクロマチン構造ダイナミクスモデル
(3) 染色体すべての核内配置の揺らぎを扱うゲノム分子動力学(MD)
の3つの方法を新しく開発し,これらを統合したマルチスケールの方法によって,遺伝子発現を解析する新しい方法を構築します。 この方法により,
(A) 真核細胞における揺らぎと制御の物理的機構を明らかにするとともに,
(B) 胚性幹細胞のコア遺伝子ネットワークを対象として,遺伝子発現パターンの揺らぎと遷移を分析して実験と比較可能なデータを計算して,
理論と実験の相互交流を促し,新しい分野を創出することを目的としています。


研究計画・方法
主に3つの方法により,遺伝子発現の理論を開拓します。
(1) まず,遺伝子発現の統計力学モデルを展開し,遺伝子の状態変化が遅い場合に生じる非断熱揺らぎの正体を理論的に明らかにします。さらに統計力学モデルを,クロマチンの遅い変化を考慮した非断熱揺らぎのモデルに発展させます。
(2) 次に,DNA ループ形成のモデルを発展させ,ヘテロクロマチン構造の伸長・短縮を扱うクロマチン構造ダイナミクスのモデルを開発します。
(3) そして,核内すべての染色体の配置の揺らぎを扱うゲノムMD の方法を展開し,核内構造と遺伝子発現の相関を分析します。
こうして開発した新しい方法を総合して,遺伝子発現パターンとクロマチンの動的パターンの関係を具体的に明らかにする計画です。胚性幹細胞のコア遺伝子ネットワークの揺らぎと制御の問題、およびモデル細胞としての酵母細胞を主な対象として,実験と比較可能な定量データを計算し,真核細胞の遺伝子発現の基本原理に迫る新しい分野を開拓します。
(1) まず,遺伝子発現の統計力学モデルを展開し,遺伝子の状態変化が遅い場合に生じる非断熱揺らぎの正体を理論的に明らかにします。さらに統計力学モデルを,クロマチンの遅い変化を考慮した非断熱揺らぎのモデルに発展させます。
(2) 次に,DNA ループ形成のモデルを発展させ,ヘテロクロマチン構造の伸長・短縮を扱うクロマチン構造ダイナミクスのモデルを開発します。
(3) そして,核内すべての染色体の配置の揺らぎを扱うゲノムMD の方法を展開し,核内構造と遺伝子発現の相関を分析します。
こうして開発した新しい方法を総合して,遺伝子発現パターンとクロマチンの動的パターンの関係を具体的に明らかにする計画です。胚性幹細胞のコア遺伝子ネットワークの揺らぎと制御の問題、およびモデル細胞としての酵母細胞を主な対象として,実験と比較可能な定量データを計算し,真核細胞の遺伝子発現の基本原理に迫る新しい分野を開拓します。

研究成果
遺伝子発現の統計力学モデル:遺伝子発現を確率過程としてモデル化し,経路積分を用いた解析を行いました。遺伝子発現により合成されたタンパク質濃度を連続変数,
タンパク質濃度により制御されるDNA状態を離散変数として取り扱い,DNA状態がタンパク質濃度変化より充分速い場合(断熱極限),充分遅い場合(非断熱極限)の
間をつなぐ様々な場合について,発現の揺らぎの特徴を捉える理論を開発しました。断熱極限にない場合,DNA状態変化によるダイナミックな効果は渦流として可視化できることを示し,遺伝子制御ネットワークを理解する新しい方法を提案することに成功しました(Zhang et al., PNAS (2013), Chen et al., PCCP (2015))。
酵母のゲノム構造ダイナミクス:Hi-Cデータに基づいて間期の出芽酵母のゲノム立体構造揺らぎをシミュレートし,発現の活発な遺伝子,抑制された遺伝子,それぞれが 核内に不均一に分布し,空間的な配置が遺伝子制御と相関を持つことを予測しました。これらの領域と変異による発現量の変化との関係を分析して興味深い結果を得ています。 (Sasai, Tokuda, Fujishiro, The 2nd International Symposium of the Mathematics on Chromatin Live Dynamics (2014))。
ES細胞の制御ネットワークと揺らぎ:ES細胞の多能性を維持する基本的な遺伝子,Nanog,Oct4,Sox2の相互の制御関係をモデル化しました。このモデルにより,遅いクロマチンの構造変化がES細胞の揺らぎを説明するという仮説を提案しました。さらに,分化マーカー遺伝子を加えた遺伝子制御ネットワークを解析し,エピジェネティックランドスケープを計算して,遅いクロマチン構造変化が明確な分化過程を実現させるための機構のひとつであることを示しています(Sasai et al., PLOS Comput. Biol. (2013), Ashwin and Sasai, Sci. Rep. (2015))。
酵母のゲノム構造ダイナミクス:Hi-Cデータに基づいて間期の出芽酵母のゲノム立体構造揺らぎをシミュレートし,発現の活発な遺伝子,抑制された遺伝子,それぞれが 核内に不均一に分布し,空間的な配置が遺伝子制御と相関を持つことを予測しました。これらの領域と変異による発現量の変化との関係を分析して興味深い結果を得ています。 (Sasai, Tokuda, Fujishiro, The 2nd International Symposium of the Mathematics on Chromatin Live Dynamics (2014))。
ES細胞の制御ネットワークと揺らぎ:ES細胞の多能性を維持する基本的な遺伝子,Nanog,Oct4,Sox2の相互の制御関係をモデル化しました。このモデルにより,遅いクロマチンの構造変化がES細胞の揺らぎを説明するという仮説を提案しました。さらに,分化マーカー遺伝子を加えた遺伝子制御ネットワークを解析し,エピジェネティックランドスケープを計算して,遅いクロマチン構造変化が明確な分化過程を実現させるための機構のひとつであることを示しています(Sasai et al., PLOS Comput. Biol. (2013), Ashwin and Sasai, Sci. Rep. (2015))。