1. 水の場の理論 −大規模長寿命の隠された構造−

水分子はお互いにネットワークでつながり、個々の分子がバラバラに動くのではなく、協同的なネットワーク組替えを伴って動く。 分子動力学計算を用いてネットワーク組替え運動に隠された長寿命のメゾスコピック構造を明らかにする。 個々の水分子ではなく、個々の場所を通過する分子の物理量を観測する、すなわち、“場の量”としての物理量を観測すると、 個々の水分子の回転、並進の時間スケールより一桁以上長寿命の予想外の大規模構造の存在が示される。 下図は300psにわたって平均された場の量としてのダイポールの分布。
また、溶質分子のまわりには場の量としてのダイポールの構造がピン止めされ、発達する。 下図は2つの荷電アミノ酸の間にダイポールの橋が架かっている様子。
J. Higo, M. Sasai, H. Shirai, H. Nakamura & T. Kugimiya, "Large vortex-like structure of dipole field in computer models of liquid water and dipole-bridge between biomolecules", Proc. Natl. Acad. Sci. USA 98(11) 5961-5964 (2001).
T. Hotta, A. Kimura & M. Sasai, "Fluctuating Hydration Structure around Nanometer-Size Hydrophobic Soutes I - Caging and Drying around C60 and C60H60 Spheres -", J. Phys. Chem. B109(39) 18600-18608 (2005).
T. Hotta & M. Sasai, "Fluctuating Hydration Structure around Nanometer-Size Hydrophobic Soutes II - Caging and Drying around Single Wall Carbon Nanotubes -", J. Phys. Chem. C111(7) 2861-2871 (2007).

2. 水の遅いダイナミクスとガラス転移 −エネルギーランドスケープ描像−

水を1気圧0℃以下に過冷却すると、エントロピー揺らぎ、密度揺らぎが異常に増大する。 これは低温領域に高密度水−低密度水の隠された臨界点があることに起因するのかもしれない。 もしそうだとすると、生理的な条件の水は“超臨界流体”であると表現することもできる。 また、ほぼ同じ過冷却温度領域で、緩和時間は異常に大きくなりガラス転移が存在することを予想させる。 ガラス転移と高密度水−低密度水転移の間には関係があるのだろうか? エネルギーランドスケープ描像からこの問題に挑戦する。 とりわけ、大自由度空間におけるサドルの役割に注目し、サドル間遷移の論理からガラス転移と高密度水−低密度水転移の関係を明らかにする。
 下図は常温の水の分子動力学計算の結果。縦軸は任意に選んだある水分子からの距離、横軸は時間。たくさんの線は水分子の位置を表す。 選んだ分子のまわりに他の分子が近寄らない構造化された状態と構造が壊れて接近できる状態の2状態間の間欠的なスイッチが生じる。 構造化された分子はあつまってクラスターを作り、高密度水−低密度水ゆらぎが常温においても重要な役割を果たすことを示唆している。
E. Shiratani & M. Sasai, "Molecular scale precursor of the liquid-liquid phase transition of water", J. Chem. Phys. 108(8) 3264-3276 (1998).
笹井理生, 白谷恵里, "水素結合ネットワークの組み替え運動", 日本結晶学会誌 40 101 (1998)
M. Sasai, "Spatiotemporal heterogeneity and energy landscape in liquid water", Physica A 285(3-4) 315-324 (2000).
M. Sasai, "Energy landscape picture of supercooled liquids: Application of a generalized random energy model", J. Chem. Phys. 118(23) 10651-10662 (2003).

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